
起業 失敗 70代 「好きなことを仕事にできたら、人生の勝ちだと思ってたんです」
そう話すのは、70歳の中村さん(仮名)。彼は中学校の教師を定年退職した後、地方に移住してカフェを開業した。夢だった、というよりも、“老後の生きがい”として選んだ場所だった。だが、開店から半年後にはシャッターを下ろすことになる。
もともと教員時代からコーヒー好きで、休日には都内の名店をめぐっては豆の種類や焙煎の違いに詳しくなっていた。「いつか自分のカフェを持てたら」と考えていたこともあり、退職金の一部を使って古民家を改装。地方移住支援金も活用して、夫婦で始めた店だった。
しかし、現実はまったく違った。
まず、お客さんが来ない。オープン初日は知り合いや地元の人たちが集まったものの、翌週にはガラガラ。SNSでの集客を勧められても、70代にはハードルが高い。「Instagram? どうやるんですか」と苦笑いしながらも、なんとか発信を始めたが、反応はほとんどなかった。
さらには、ランチメニューやデザートも準備したが、原価は想像以上に高く、廃棄も多い。赤字続きで、月末になると口座残高を見るのが怖くなった。
「本当に、やっていけるのか?」
そう思いながらも、妻の手前、やめるとは言えなかった。彼女もまた、夫の“第二の人生”を応援するつもりでついてきた。だからこそ、つらい顔は見せられなかった。
ところがある日、厨房で仕込みをしていた妻が「これ以上、無理じゃない?」とぽつりと言った。
その一言が、決定打だった。
起業 失敗 70代
数日後、中村さんは店の看板を「CLOSED」に裏返した。あっけない幕引きだった。
半年で失った金額は、およそ400万円。退職金の大半が消えた。
「やってみたこと自体は後悔していない」と口では言う。だが、その言葉の裏にある沈黙は重い。「好きなことを仕事にする」ことと、「それで生計を立てる」ことの違いを思い知ったという。
再就職する年齢でもない。貯金を切り崩しながらの生活が始まった。しかも、“一度失敗した人”というレッテルは、地方では思いのほか強かった。ご近所に会うのも、少しだけ気まずい。
それでも今、朝は少し早く起きて、家の前でコーヒーを淹れている。店で使っていた豆の最後の袋が、まだ残っているからだ。「結局、こうして飲んでるのが一番うまいかもしれない」と彼は笑った。
ただ、もう一度始めたいかと聞かれれば、「いや…もう無理ですね」と即答する。「老後の夢は、夢のままでよかったのかもしれない」──その言葉には、希望でも絶望でもない、静かな後悔がにじんでいた。